料理屋の「どぜう」だが、本来の表記は「どぢゃう」だった。
一語一語、ある単語の歴史的仮名遣いを書けと言われても筆者には正確に答える自信がない。
第二次世界大戦前までは、こんなに発音と表記が違っていて、ほんとうに国民は歴史的仮名遣いを使いこなしていたのだろうかと疑問に思っていたら、明治時代の学校での興味深い調査結果を見つけた。
1905年(明治37年)、熊本県の高等女学校での「仮名遣試験成績表」(*)である。
例えば「教導」を正しく「けうだう」と、かな表記出来た者はわずか3%であったと言う。
当時の高等女学校生と言えば相当なエリートであるが、それでも歴史的仮名遣いには苦労していたことが伺われる。この例は現代ではあまり使われない単語ではあるが、他の単語でも推して知るべしであろう。
そもそも、この歴史的仮名遣い、1000年以上も前から発音の変化が始まっているのに、表記の方が変えられなかった。古代表記を守る意見が根強く、昭和の戦後、ようやく表音表記を原則とすることになったのだ。阿川弘之氏のように文藝春秋にエッセイを執筆する際、昨年まで歴史的仮名遣いを守り続けたご仁もいる。
よく知られた例に「てふてふ」(蝶々)があるが、筆者はこの「てふてふ」という表記は一種のレトリックだと思い込んでいた。ところが大昔は「てふてふ」と発音していたから「てふてふ」と書いていたのだそうだ。また英語の例でも「know」のkは伊達メガネのようなものではなく、元々古代英語では[knou]と発音していたのにkをいちいち発音するのが面倒なので[nou]になってしまったとのこと。こういったことを筆者が知ったのは不惑を過ぎてからのことであった。文字通り、惑わなくなってすっきりしたのだった。
学校に通う少年少女たちは英語のスペルを覚えるのに多大なエネルギーを使っている。英語でもある時点で表音表記が実施されていれば。。。と言っても、今、実施されると古い人間はまた混乱するから国家による言葉の規制は難しい。
「どぜう」料理のような風情などは、看板をずっと見ていると、「どじょう」の方が不自然に見えてきてしまいそうである。
ともあれ、どじょう総理のリーダーシップ、知略で、落ち込んでしまった日本人の心身の土壌(どじょう)を再び固めたいものである。
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