民主党が政権を取った菅直人内閣では、公務員改革担当大臣の玄葉光一郎氏が少子化対策担当大臣を兼任することとなり、第二次管内閣では岡崎トミ子氏が同大臣を兼任となった。
毎回、新内閣組閣の際の報道では、「少子化相は****に決まった。」という表現が多い。 最近は「少子化相」がそれほどはクローズアップされていないが、 でも、この「少子化相」という表現、なんとかならないものか?
もちろん、正式には「少子化対策担当相(大臣)」である。
世の人々は会話の際にできるだけ簡略化した表現をどんどん追求するし、新聞、雑誌、ネットの表現も見出しの文字数の関係で、できるだけ短くした呼称を定着させようとする。
しかし、「少子化を食い止めようとする」担当大臣を「少子化相」と呼ぶのは如何なものか?
まるで、「少子化を推進している」かの呼称ではないか?
菅政権内定時の報道では「玄葉氏が少子化を担当することとなった」 (2010年6月7日付朝日新聞)という表現まで登場した。
この伝で行くと、「拉致問題担当大臣」の場合は「**氏が拉致を担当することになった」となるのであろうが、さすがにそれは記者の自制心が働いたようで、それは無かった。
本来は、「少子化対策担当相」と明記すべきなのだが、できるだけ短くしたいのなら以下のように私が提案する。
* 対少子化相 でどうだろう。なんとか「担当」の前に三文字で済まそうとするなら、
* 対少子相
でどうだろう。この場合、「担当」を省くと語呂が悪くなるという欠点もあるが、
「少子化相」よりはマシなのではないかと思う。
いずれにしても、マスコミ人にはケアしてほしい表現である。
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